ワインの豆知識

スパークリングワインの試験

2026年2月9日

WSET Diploma の試験はいくつかの科目に分かれていて、その中にスパークリング・ワインの科目があった。

私はスパークリングワインが大好きだったので、全部の試験が終わったら、グラス一杯のシャンパーニュで祝えるように、私はスパークリングワインを最後の科目にとっておくことにした。そんな企みをした自分が妙に賢い気がした。

科目が一つ一つ合格していき、いよいよ最後のスパークリングの試験が近づいてきた。その頃、ちょうど世界は新型コロナの渦に巻き込まれていた。ソーシャル距離を置くことが重要で、外食する機会もすべてなくなった。私はバンクーバーでひとり、毎日一本ずつスパークリングワインを開けてテイスティングの練習をした。高価なヴィンテージ・シャンパーニュもあれば、安いシャルマン方式のプロセッコもある。グラスの中で泡が立ちのぼるたびに、なぜかクスクスと私のことを意地悪く笑っている気がした。私は黙って飲む。味なんて、しなくなっていた。

試験はトロントで受けなければならなかったが、私は味覚や嗅覚を失うことが恐ろしくて、防護服にフェイスシールド、消毒スプレーなど、手術室から出てきたお医者のような格好で飛行機に乗った。着いたらホテルを消毒し、食事も全部持ち込んだ。

試験を終えたとき、私は「これは少なくとも merit はいっただろう」と思い、上機嫌で家に戻った。頭の中ではすでに、受賞スピーチの草稿が半分できていた。努力とか、逆境とか、諦めないとか、そういう言葉を、いかにもそれらしく並べていた。

そして、ひと月後。結果は fail だった。

どこで躓いたのか、わからない。たぶん、西洋の書き方というものに慣れていなかったのだろう。そのあと、何度か再試験を申し込んだが、コロナ禍のため、次々にキャンセルが続いた。そして私はまた一人、同じ部屋で、また泡の栓を抜いた。気づけば二年半を経った。スパークリングワインに対して、最初は軽い好意、のちに嫌悪や疲労に変わり、やがて習慣になって、私の生活の一部になり、そして離れられなくなった。そのころ、ようやく distinction の結果が届いた。

これが、WSET が最後に教えてくれたレッスン、スキルでも知識でもなく、「純粋さ」と「愛」だったように思う。

試験の間、私は軽やかに笑える日もあれば、沈み込むように重い日もあった。緊張で肩が固まる日もあれば、不思議と自信に満ちた日もあった。それでも合格すると信じたのが、私はワインにすべてに心血を注いだからだ。何かに日にちをかけて集中していれば、奇跡を引き寄せられると思った。

だから、「純粋さ」は大事だと私は思った。受賞スピーチとか、人にどう見られるとか、そんなことに心を散らしてはいけない。自分がしていることを純粋に愛し、純粋に生きていく。目の前の一杯に対し、雑音を持ち込まず、純粋に集中すること。グラスの中悲しみと喜びを感じ、ワインの中で浮き沈み、広い海のように泳ぎ、そこで自由を得られるのだ。

WSET· Diploma を取得した今でも、ワインに対する「純粋さ」と「愛」を守りぬくことがいちばん大切に思っている。それを失えば、私はきっと、インクを抜かれた作家みたいに光を失ってしまうだろう。