ワインの豆知識

シャンパーニュの思い出

2026年1月26日

ずいぶん前、一度だけシャンパーニュを旅したことがある。それ以来、日本にシャンパーニュの生産者がやって来るたびに、あの土地の匂いや風の温度が思い出される。


あの頃の私は、ワインを学びはじめたばかりだった。おいしいと思っても、どこがおいしいのか、言葉がうまくついてこない。WSET SATに載っているフルーツを一生懸命並べてみたが、後から見返すと、どれも似たようなノートばかりだった。

そこで、醸造家の書くテイスティングノートを見せられた。まるで濃い霧をまっすぐ突き抜ける矢みたいなもので、鋭く、速く、そして的の中心にぴたりと刺さる。少しだけの差で大きな違い、それでも醸造家の方がわかっているんだ。そこから、シャンパーニュの深さと繊細さに感心した。

シャンパーニュは、繊細な世界だ。1メートルの高さの違い、5分間の日照時間の長さ、1度の傾斜などの微細な差が、200日の時間をかければ、まるで別物の結果になる。

シャンパーニュに魂がある。土地が与えてくれるものは決して豊かではないけれど、そのぶん透き通っている。そこでは、水が風の匂いをまとい、歳月の気配を抱えながら、白亜質土壌のすき間をゆっくり染み通っていく。それがそのまま葡萄の体の中に吸い込まれていくのだ。雨と雹が落ちていった後には、目に優しい陽射しが訪れる。家族や友人が同じテーブルを囲み、そこにはたっぷりの料理とワインが並ぶ。日常と理想、生きる意義が、そこに落ち着いていた。

シャンパンの時間は、百年という単位でゆっくりと敷かれていく。追いかけもしないし、振り返りもしない。人々はただ静かにその場にいて、時間がそっと通り過ぎるのを待つ。そうしているうちに、葡萄は熟し、ワインは香りを広がっていく。

こうした感覚のすべてが重なり合って、人は「テロワール」と呼ぶのだろう。
私は、あのシャンパーニュのテロワールが恋しい。