ワインの豆知識
ペリエ・ジュエ セミナーレポート
― シャルドネに宿る思想と、未来へ続くサステナビリティ ―

2025年12月15日
先日、ペリエ・ジュエのブランドアンバサダーであるクリストファー・シュヴィヤー氏によるセミナーに参加し、改めてペリエ・ジュエというメゾンの思想の深さに触れることができました。
本記事では、セミナーを通じて特に印象に残った点を中心にご紹介します。
ペリエ・ジュエ誕生の背景と、シャルドネという思想
ペリエ・ジュエは1810年、ピエール=ニコラ・ペリエとローズ=アデル・ジュエの出会いから始まりました。
ペリエ氏は植物学者であり、ジュエ夫人はノルマンディー出身の教養ある家系。二人は互いの感性を尊重し合いながら、35年という長い歳月をかけてハウススタイルを築き上げました。
1836年、ようやく現在に通じるペリエ・ジュエのスタイルが完成します。その最大の特徴は、シャルドネの比重を高めたことにありました。
当時のシャンパーニュには明確な規制がなく、ピノ・ブラン、シャスラ、ガメイなど、さまざまな品種が用いられていました。しかし試行錯誤を重ねた結果、彼らはシャルドネこそが理想の味わいを最も表現できる品種だと確信します。
植物学者であったペリエ氏、そして世界中の花を愛したジュエ夫人。
二人が理想としたのは、白い花を思わせる繊細でエレガントなシャンパーニュでした。
シャルドネは、そのビジョンを体現するための最良の選択だったのです。
シュヴィヤー氏は、「ペリエ・ジュエのすべてのキュヴェには、シャルドネという思想が根底にある」と語っていました。
辛口シャンパーニュの先駆者として
19世紀のシャンパーニュ地方は、現在よりもはるかに冷涼で、酸味の強いブドウが収穫されていました。そのため、当時のシャンパーニュは200g/Lほどの糖分を含む甘口(ドサージュの量)が主流でした。
しかし、食を愛する美食家であったペリエ夫妻は、
「食前から食後まで楽しめるシャンパーニュ」を目指します。
果実味を前面に出すのではなく、フローラルで繊細なスタイルを追求した結果、当時としては異例の約20g/Lという低いドサージュを採用。
これにより、ペリエ・ジュエは“Sec(辛口)”というカテゴリーを初めて確立したメゾンとして知られるようになりました。
現代ではBrut(12g/L以下)が一般的ですが、当時のブドウの熟度を考えれば、20g/Lでも十分に辛口として感じられたであろうことが想像できます。
新時代を象徴する醸造責任者
セブリーヌ・フレルソン氏
現在、ペリエ・ジュエの第8代最高醸造責任者を務めるのがセブリーヌ・フレルソン氏です。
「醸造長」という肩書きからセラー中心の仕事を想像しがちですが、彼女は畑での重要な意思決定にも深く関与しています。
シュヴィヤー氏は、彼女の圧倒的なリーダーシップを強調していました。
気候変動により、収穫のタイミングは年々重要性を増しています。同じ味わいを保つために、セブリーヌ氏は一年を通して畑を巡回し、収穫日や収穫順まですべて自ら決定しています。
たとえば2025年。
8月中旬の分析で、わずか1週間の間に潜在アルコールが約2.6度分も上昇していることが判明し、即座に収穫を決断。
彼女の判断力と決断力を象徴するエピソードです。
ペリエ・ジュエのサステナビリティへの本気度
今回のセミナーで特に印象的だったのが、サステナビリティへの具体的な取り組みです。
通常のセミナーでは語られない部分まで、詳細に説明していただきました。
再生農法への転換
2021年から、ペリエ・ジュエは再生農法(Regenerative Viticulture)へと舵を切りました。
契約農家を含め、2030年頃までの完全移行を目指しています。
2020年頃には除草剤の使用を中止し、代替としてVitibot社の自動除草ロボット「Bakus」を導入。
軽量で土壌を踏み固めず、ブドウ樹に接触しないセンサーも備え、土壌環境への負担を大幅に軽減しています。
再生農法の目的は以下の4つ:
• 土壌の再生と肥沃度の向上
• 気候変動への耐性強化
• 生物多様性の促進
• 温室効果ガスの削減
カバークロップの役割
カバークロップは、バイオマスの増加、生物多様性の促進、養分回復、土壌浸食防止など、多くの効果をもたらします。
秋冬に種をまき、5月頃に刈り取ることで、霜害対策と有機物分解の時間を確保します。
ライ麦(他の雑草の増殖を減らす)、ソラマメ(窒素を土壌に戻す)、クローバー(土壌の浸食を減らす)などに加え、線虫対策の植物や重金属を吸収するアルファルファなど、非常に多様な植物が使われています。
ヴィティ・フォレストリー
クラマンとマイィには約2,000本の樹木を植樹。
日陰を作り、温暖化を緩和し、生物多様性を高めています。
菌根菌のネットワークによる土壌内コミュニケーションも、ブドウ樹の防御力向上に寄与しています。
バリューチェーンの管理
パッケージ廃棄物の90%以上をリサイクル。
2024年からはアメリカ向け輸送を風力貨物船に限定し、航空輸送を廃止。
澱や酒石酸、種の再利用など、取り組みは進化し続けています。
テイスティングノート

ブラン・ド・ブラン NV
15のクリュを使用。特に日当たりのよく完熟したシャルドネができるコート・デ・ブランのヴェルテュが重要な役割を果たします。
リザーブワインは最大15%、3〜7年熟成のものを中心に使用。ごくわずか(0.3%)ソレラ熟成ワインも含まれます。
瓶内熟成は最低3年、ガス圧は約5気圧。
泡を穏やかにし、花びらのような舌触りを目指しています。
<テイスティング>
スイカズラ、レモンキャンディ、アーモンド。ピュアで透明感があり、クリーミーながら軽やか。気品ある仕上がり。
グラン・ブリュット NV
ピノ・ノワール、シャルドネ、ムニエのブレンド。
ヴェルズィーやヴェルズネの繊細なピノ・ノワールを使用。
<テイスティング>
熟した洋ナシ、白い花、赤系果実、ビスケットの香ばしさ。
リッチさとエレガンスを兼ね備えた、ペリエ・ジュエの原点たるワイン。
ブラゾン・ロゼ
ピノ・ノワール50%、シャルドネ25%、ムニエ25%。
赤ワインを10〜15%ブレンド。
<テイスティング>
木苺、ザクロ、スミレにトーストのニュアンス。
柔らかくフレッシュで親しみやすいロゼ。
ベル・エポックについて
近年はMLFを必ずしも行わず、ドサージュも控えめに。しかし将来的にも4〜6g/Lは維持する方針です。
それは、メイラード反応による熟成香の形成を重視しているからです。
ベル・エポック 2016
冷涼年。
シャルドネ50%、ピノ・ノワール45%、ムニエ5%。
瓶内熟成7年。
<テイスティング>
ジンジャーや白い花、青リンゴ、ほのかなトーストの香り。
全体にまだフレッシュな印象ですが、今後の熟成によって、さらに複雑で奥行きのある味わいへと発展していくことが期待できるグラン・ヴァンです。
デゴルジュマン:2024年春。
ベル・エポック 2008
偉大なヴィンテージ。
8年間の瓶内熟成。
<テイスティング>
キャラメルやブリオッシュ、蜂蜜、ナッツ、トーストを思わせる重厚で熟成感のある香り。
泡は穏やかで、きめ細かくクリーミー。口当たりはしなやかで、全体を通してしっかりとした熟成のニュアンスが感じられる一本です。
ベル・エポック ロゼ 2014
赤ワイン11%(ピノ・ノワール100%)をブレンド。
赤ワインは最低8年間澱熟成。
上品で乾燥させた苺やチェリーの風味とクリーミーで香ばしい澱由来の香りが融合する、気品あふれたワイン。今がまさに飲み頃だと感じました。
最後に
ペリエ・ジュエは、単に華やかなイメージを持つシャンパーニュではなく、シャルドネを軸とした明確なスタイル、時代を先取りしてきた革新性、そして将来を見据えたサステナブルな取り組みを着実に積み重ねてきたメゾンであることを、今回のセミナーを通じてあらためて実感しました。
グラスの中に表れる繊細さやエレガンスの背景には、長い歴史の中で培われた哲学と、未来に向けた真摯な選択がある。そのことを理解できた、非常に学びの多い時間でした。